雲乗寺についてHISTORY
開基の由緒
相模国鎌倉郷倉田荘の公卿、参議正三位・倉田正光の五男 倉田経則は、覚如上人の教化を受けて法名「釈円了」を賜りました。諸国を巡歴した後、この朝町村に精舎を建立して「日晝山雲乗寺」と名づけ、初代住職となりました。
以後、各世代の住職が門信徒の皆様と共に法門護持に勤め、現住職で第十八世となります。
寺子屋教育と「倉田叡達先生の碑」
慶応以前、第十三世 叡達師は寺子屋式教育により、多くの少年の教育にあたりました。教え子たちはその恩に報いるため、門前に「倉田叡達先生の碑」を建立しています。
旧福岡大学若葉高校の創立者・釜瀬新平先生も、その生徒のお一人でした。
倉田叡達先生の碑の写真(撮影後に差し替え)
親鸞聖人像
2013年(平成25年)5月、「親鸞聖人750回大遠忌法要・蓮如上人500回遠忌法要・雲乗寺第十八世住職継職奉告法要」を勤修いたしました。その記念として、その時あった座論梅の老木のかたわらに親鸞聖人の像を建立しています。
座論梅(ざろんばい) ― 雲乗寺の名物
境内には、中国原生の珍しい梅「座論梅」があります。俗に「八つ房の梅」とも呼ばれ、1つの花から3〜5個の実をつけることで知られています。福岡県庁文化課の調査により、植物学名「座論梅」と確認されており、推定樹齢はおよそ200年でした。
約70年前には一本の大木でしたが、樹体のほとんどが朽ちてしまいました。それでも枯死寸前の姿から勢いよく枝を伸ばし、全枝にびっしりと花と実をつけるその姿は、まさに「根性梅」。長い年月、幾度もの寒風と暑い夏に耐え抜いてきた生命力に、遠方から見学に来られる方も少なくありませんでした。
今は枯死しており後継ぎの実生の梅を育てており、若木も見事に花と実をつけるようになりました。納骨堂のわきにありますので、来寺の際はご覧ください。